愛する統一運動関係者、並びにメンバーの皆様

ハワード・セルフと申します。1975年、25歳の時に、米国において統一運動に入教しました。1978年に米国の統一神学大学院(UTS)を卒業し、この運動の中で半世紀近く、指導者としての道を歩んできました。

私はこれまでに勝共連合、全国大学生原理研究会(CARP、世界基督教統一神霊協会、世界平和統一家庭連合、米国指導者連合、天宙平和連合、GPF、家庭平和協会など、統一運動全般における要職を歴任してきました。そして現在、私はこの運動に属さない非営利団体である「Right To Believe」(RTB : 信仰のための権利)の会長として、宗教と信仰の自由を守るための運動を展開しています。

私は統一運動における指導者としての経歴上、食口の方々の大半がよく知らずにいる「統一運動の分裂」に関する数多くの事象を直接目撃し、確認してきました。私は神の真実と愛によって分裂を克服し、再び一つになることができるという希望をもって真実を明らかにするために、この公開書簡を発表したいと思います。

Howard C. Self protesting for religious freedom in front of the DC Superior Court.

2020920
ハワード セルフ (Howard C. Self)

 


 

ワシントンD.C. 裁判所の誤り

統一運動の分裂に関する真実

 

在世時、多くの論議の的となってきた故・文鮮明師は、生涯を通じて、神の愛のもと、平和と統一を促進するためのダイナミックな精神運動を世界的に鼓吹し、人々に深遠かつ永続的な影響を与えました。文師のビジョンと教えは、人類が直面する最も重要な課題に取り組む、世界中の何百もの組織の活動に動機を与えるものとなりました。これらの組織や団体は、総じて「統一運動」と呼ばれています。

Rev. Sun Myung Moon, Kim Il Sung, Michael Gorbachev

文師は巷では宗教指導者として知られていますが、決して自らの使命を教会活動に限定したことはなく、また宗教に限定したことすらありませんでした。[i] [ii] たとえば、1970年代、文師は無神論的共産主義によってもたらされる深刻な脅威を認識し、マルクス主義の誤りを暴露する一方で、自由民主主義の原則を守護する取り組みを主導してきました。文師の輝かしい活動と成果は、当時の主要なリーダーたちによって認められています。ロナルド・レーガン大統領の下で国防長官を務めたキャスパー・ワインバーガー氏は、ワシントンD.C.での行事において、冷戦を勝利に導いた一人の人物を挙げるとすれば、それは文鮮明師であると表明しました。ソ連が崩壊するやいなや、文師はすぐに、数々の国際平和機構を発足します。文師の生涯にわたる決意は、世界平和の実現という遠大な目標を果たすことにあったからです。

これは統一運動の果たしてきた顕著な功績のごく一例にすぎません。文師は何もないところから出発し、崇高な理想を基としながら、世界的な影響力をもつ運動を築いてきました。そうして20世紀最後の10年間、その輝かしい功績が、新世紀に対する明るい見通しをもたらしたのです。

しかし不幸にも文師が逝去され、8周年を迎える今日、その偉大な約束は統一運動の分裂によって深刻に脅かされています。文師の意思とその精神、レガシー(遺業)を正しく受け継ぐためには、事実関係を明らかにする必要があります。

以下の文章は、その努力の一環として、統一運動の分裂に関する真実を明らかにするものであり、その間に起こってきた事件の詳細、そしてその背景について説明したものです。分裂によって引き起こされた法的争いゆえに、その間の事実を正しい視点から理解することが特に重要になっています。

遺憾にも、米国の首都ワシントンD.C.の法廷において、このような記録は看過されてきました。それはまた、すべての人の信じる権利と自由とが深刻なまでに脅かされていることを示唆しています。

文師は第二次世界大戦後の1945年、分断された朝鮮半島で公的使命を出発したとき、多大な困難に直面しました。牢獄生活、拷問、そして朝鮮戦争の荒廃の中を生き延びた文師は、韓国の最南端の都市である釜山において、段ボールで作った小屋からこの運動を開始しました。終戦後、彼はソウルに移り、1954年に統一運動の最初の組織を設立します。彼はこれを「世界基督教統一神霊協会」(HSA-UWC)と名付けました。ここには、その機関が新しい教会や教派ではなく、統一を促進する精神的協会であるという、文師自身の意図が表れています。

この協会が中心機関としての役割を果たしていた初期の頃でさえ、文師は自らの究極的使命が宗教団体を設立することではなく、平和世界の基となる神中心の家庭を探し立てることであると明言してきました。文師曰く、協会はその後の活動と牧会の基盤を築くためのものでしたが、統一運動の組織や活動が拡大していくなか、言論界、並びにこの運動を誹謗する人々がこれに、「統一教会(Unification Church」というラベル付けをしたというのです。

数世紀にわたって教会制度を築いてきたカトリック教会や他の宗教団体とは違い、統一運動は強力なカリスマをもった「メシヤ的指導者」によって主導される、ダイナミックな摂理運動でありました。文師のユニークな教えによれば、家庭は人類が経験する最も重要な機関であり、神の創造目的の核心を意味しています。人間始祖アダムとその家庭において実現されなかった神の創造目的は、「神中心の家庭」の実現を通して達成されなければなりません。

また、イエスの救いの摂理と神の摂理の究極的完成は、「アダムの責任」という脈絡から理解されなければなりません。文師は統一運動内において、いかなる役職も持ってはいませんでしたが、メンバーたちは文師を、統一運動の神学とポリシーに全面的影響をもたらす、霊的権威を持った「アダム型人物」と見なしていました。さらに、統一運動のメンバーたちは、草創期から(聖書でいう「長子権の伝統」に則り)文師とその家庭に摂理の中心的役割と霊的権威が受け継がれるものと理解していました。

文師の教えによれば、「アダム型家庭」は3世代にわたり、真の家庭の基準と秩序を正しく打ち立てることを通して、真の家庭理想の先例を立てなければなりません。したがって、父母は当然、その権威を次世代に受け継がせることを助けなければならず、家庭でリーダーシップを担うべき息子の責任が大きくなればなるほど、父子が協力し、母は家族を励ましながら、移行期において重要なサポートを行うようになります。家族一人ひとりが、家庭内での基準、秩序、調和を実体化していく各自の責任を担うのです。

これは、自らの家庭のアイデンティティと伝統を守っていくために通過する自然なプロセスでしょう。文師の家庭においても、家族が結束してこうしたプロセスを経ることは、摂理的期待を実現していく上で絶対的に求められる必須事項でした。

Early years of the Unification Movement

HSA-UWCからFFWPUへ: 統一運動における地殻変動

1994年、文師は摂理運動のその後の展開を示唆する劇的な改変を断行しました。協会創立40周年を期して、文師は「宗教時代の終焉」と「家庭中心の新時代の幕開け」を宣言したのです。彼は従来の世界基督教統一神霊協会(HSA-UWC)を解体し、新しい機関である世界平和統一家庭連合(FFWPU:以下、家庭連合)を発足しました。[iii] [iv]

中央集権型の教会体制から、個人と家庭とに責任と権威​​とを持たせる分権型、草の根的運動体へと移行する、言わば、統一運動の地殻変動でした。これは単に、組織が改編されたという次元の出来事ではなく、正に摂理の大転換を表すものでした。

草創期の反対を克服し、必要な基盤を整備するために費やされた40年を越えて、文師はついに神の下に統一された人類一家族を建設する、本然のメシヤ的使命を遂行する摂理的機構を出発させたのです。その名称が示す通り、世界平和統一家庭連合は、世界の平和と統一の実現に取り組む、「神中心の家庭の連合体」となるはずでした。

この根本的変化と合わせ、文師は次世代のリーダーへと大々的な移行を図りました。最も重要であったことは、文師が78歳を迎えた1998年、息子の文顯進(プレストン・ムーン)会長を、アダム型人物の権威と責任とを受け継ぎ、運動を主導していく後継者として任命したことです。この重大な宣布は、文会長が家庭連合・世界副会長に任命されるという特別な行事を通してもたらされました。

Dr. Hyun Jin Moon and Rev. and Mrs. Sun Myung Moon 1998 FFPW Inauguration

摂理が大々的に転換していく節目において、文師が文会長を後継者として公認し、すべての霊的権威を授与したことは、摂理歴史に一線を画する重大な事件でした。文師はこの就任式のスピーチにおいて、これが摂理史上最も重要な出来事であり、神が長い間待ちわびてきた出来事であったと述べました。文師は、文会長こそが新しい時代を拓き主導する人物であることを明らかにしたのです。文師と統一運動において、後継問題はその日に解決されたと言えます。[v]

「メシヤ」という概念は、さまざまな信仰伝統の間で異なった解釈がなされてきました。統一神学[1]のメシヤ観は、ユダヤの信仰伝統と類似しており、メシヤ固有の「責任」に主眼を置き、これを「メシヤ的使命を果たす人物」として理解しています。

一方、多くのキリスト教の教派では、メシヤを「完全に神であり、完全に人間である」とする複雑な神学的概念によって、メシヤであるイエス・キリストはすなわち神である、といった理解がなされてきました。

統一神学の観点から見る時、メシヤとは、摂理の中心的立場にある「神中心の男性」を言い、理想家庭の正しい先例を立てるという責任のために神から召命された人物を指します。メシヤ的使命とは、聖書にあるアダムと彼の家庭が果たせずに失敗したことを成し遂げることを意味します。したがって、メシヤとは神中心の家庭を実現するという、「アダムの使命」を果たす者なのです。

文師はこのような脈略から、自らのメシヤ的役割について理解していました。若い頃、このメシヤ的使命を引き継ぐようにというイエスの召命を受けたのです。文師はイエス・キリストを、最初のアダムの使命を成就するために来られた「後のアダム」(第2アダム)であると説明し、同じく、そのメシヤ的使命を相続した者として、自らを「第3アダム」と理解していました。

さらに、文師がこの使命を完成する後継者として、息子である文顯進会長を公認した際、彼を「第4アダム」になる者として宣布した点は極めて重要でありました。神学を学び、オリンピック選手として活躍し、成功した起業家でもあった文会長は、当時29歳でした。彼が最初に与えられた職責は家庭連合の世界副会長でしたが、「アダム型人物」として文会長が有する霊的権威は、統一運動内の元老の指導者を含む、他の誰の権威をもはるかに超えるものであったことは明らかでした。

1998年、文会長の就任を前後して、文師は統一運動の主要リーダーを、元老の指導者たちから、ご自身が任命した後継者に合った年代の指導者へと、一斉に世代交代を進めました。そうして、2001年には、40歳以下の全ての指導者が文会長の指導を受けるように発表され[vi]、以降、その範囲は48歳以下まで広がっていきました。[vii] このことからも、文会長に対する文師の信頼の程を見てとることができます。当時、殆どの指導者はその年代のグループに交替していました。文師は「父子協助時代」を開かれ、全ての指導者たちに、文会長と一つとなり、摂理全般に関することを文会長に報告し、相談すべきことを明らかにしていました。[viii]

文師は文会長の監督下において、協会時代から家庭連合時代への転換を果たすようにしました。これが単なる組織的変更ではなく、重大な摂理的転換であることを理解した文会長は、統一運動の文化をより高い次元に引き上げ変革するために、指導者とメンバーに向けた教育プログラムを立ち上げました。文会長はまた、文師の要請により、抜本的な改革を迅速に断行し、組織的な体質を改善し、メンバーに活力を与え、この運動に急発展の時代を開きました。

家庭連合への移行が進むにつれ、文師は1999年、「世界平和超宗教超国家連合(IIFWP)」の創設を皮切りに、主要な平和機構を発足させました。2004年、文師は協会創立50周年を機に、自らが主導してきた摂理路程に対し、次のように明確に説明しています。

「統一運動が公式的に出発してから50年が過ぎました。統一運動の最初の段階は、個人の救いを扱う宗的領域に重点を置いて活動してきた時代でした。次の段階は、天の基本位である家庭を探し立てる運動でした。この運動は、氏族を復帰し、地域社に影響をえ、地上と天上のすべての人が祝福を受けるまで続くでしょう。そして、平和理想世界を建設するという第3段階目の運動は、すでに本格的に始まっています」[ix]

文師はこの摂理的転換点に到達するために生涯をかけてきました。この劇的な進展は、全期間にわたって文会長との父子協助を通して成されたものです。それにより、文会長は家庭連合に加え、2005年に創設された最も重要な平和機構である「天宙平和連合(UPF)」を含む、統一運動の主要な摂理機関全般に対する責任を任されました。

文会長はその委任を受け、家庭連合の資源を保護し、UPFとそれを支持する「平和大使」とを、世界規模の平和ネットワークへと迅速に拡大させていきました。彼はこの世界的ネットワークに命を吹き込み、動機を与え、神の下の一家族という変革的ビジョンに対する「主人意識」を植え付けたのです。[x] 2008年だけ見ても、文会長はこの強力なメッセージを大規模な平和フェスティバルを通して30ヵ国に及ぶ国々にもたらしています。これは、統一運動の歴史において前例のない成果でした。[xi]

文会長はアダム型の人物としての権威を持って、1998年から2008年までの十数年にわたり、文師が設立した摂理的団体を導き、それらが摂理的目的を実現できるように指導してきました。

この時期に、文会長は家庭連合を通して家庭中心の運動へと移行させると共に、UPFを中心とした世界的な平和運動の発展を主導しました。その結果、統一運動は2008年末までに前例のない成長と発展を遂げ、世界中の統一運動のメンバーは、その驚くべき進展を目の当たりにしながら、大きな希望と熱意とに満ち溢れていたのです。

しかし、この期間、見えないところで、文会長とその摂理的進展とを弱体化させ、頓挫させようとする水面下の試みが、何年にもわたり進行中であったことに、殆どのメンバーは気付いていませんでした。

文師の後者にする反激化

危惧していた通り、協会から家庭連合への大変革は、従来の教会体制にしがみつく指導者たちにとっては脅威として受け止められました。自らの権限と特権を失うことを恐れた教団指導者たちは改革を妨げ、運動を分権化しようとする努力を弱体化させようという試みに出ました。彼らはメンバーに対する統制権を維持する目的で、自分たちが文師の権威を代表しているため、メンバーは自分たちの指示に従わなければならないと主張しながら誤った伝統を押し立てました。そのような非原理的なリーダーシップは、各個人と家庭とがそれぞれの責任を遂行して内在された価値を発揮し神の摂理に寄与するという、家庭連合時代の意図と精神とは相反するものでした。

当時、教団指導者が直面していた3つの根本的課題は、どれも、文師がすでに認めた文会長の霊的権威に関連していました。第一に、後継問題ですが、それは天と文師の観点から見る時、すでに1998年に解決された問題であり、彼らが統制することも、影響を与えることもできない事案でした。第二に、文会長は世界的な統一運動を主導するにあたり、父・文師の改革に対する意図を誠実に汲み取り、実行していたという点です。 第三の問題は、全世界のメンバーが、文会長の姿から溢れ出る途方もないエネルギー、希望、ビジョンに呼応し、文会長を熱狂的に支持していたことでした。

彼が2008年までに達成した前例のない成功は、指導者たちにとっては脅威に映りました。彼は原理に立脚し、個人の責任の完遂と人類一家族の実現を強調し、統一運動の文化に変革をもたらしていたのです。その結果、全世界の統一運動、とりわけ新しい世代の若いメンバーたちは、高調していくエネルギーを体験し、希望と誇りとを感じていました。

しかしあろうことか、指導者たちは、文会長が主導していた改革と変革を弱体化させるために、いびつな神学をその基盤として用いたのです。彼らが40年以上にわたって築いた「教会的な体制」ゆえに、殆どのメンバーは彼らの言葉に依存しており、彼らが「真の父母様の指示」と言えば容易に信じ込むように仕向けられていました。[xii] 教会の階層構造は、「アベル型人物」(=中心者)への服従を強調する文化によって強化されましたが、この「アベル型人物」とは即ち、既存の統制を維持しようとした当の指導者グループを指すものだったのです。このように官僚化された指導者によって「フィルターにかけられた情報」への依存度は、特に、原文である韓国語を話せない世界中のメンバーにとってはさらに顕著でした。彼らは翻訳者を通してしか、文師のガイダンスを理解できなかったからです。

文師はすべての指導者、並びにメンバーたちに文会長と一つとなり、彼を支えなければならないと言いましたが、指導者たちは「第4アダム」の重要性と、文師の指示とをメンバーに正しく伝える代わりに、不遜にも、第4アダムの権威が彼ら自身に同じく賦与されていると強調しました。歴史的記録が示す通り、これら指導者たちは文会長のリーダーシップを弱体化させるために、ますます非原理的な行動に出るのです。[xiii] 善良ながらも純真であったメンバーたちもまた、意図的に歪曲された観点から、新しい時代を理解するようになりました。

こうした全面的な反対にもかかわらず、文会長は統一運動を、その摂理的目標に沿って主導するために尽力し続けました。が、このような機運の拡大を、自分たちの野望に対するさらなる脅威と見る人々もいたのです。既得権をもった指導者たちは、自らの権限や特権の現状維持を願っていましたが、文会長の改革を阻止するのに十分な力を持ち合わせてはいませんでした。

そうして2005年頃、文会長を弱体化させようと試みてきたグループは、この運動を主導したいという独自の野心を抱いていた文師の家族数人との間に共通の利害関係を見いだすのです。彼らはそれ以後結託し、まったく新しい次元において、文会長に対する攻撃を始めていきました。

筆舌し難い衝撃的な事実は、文会長を統一運動の指導部から追放しようとするこれらの試みの背後に、文会長の実の弟である亨進(ショーン)、國進(ジャスティン)、ならびに姉の仁進(タティアナ)の支持を受けた実の母、韓鶴子夫人がいたことでした。ほとんどのメンバーは、韓夫人が夫の文師と完全に一体となっていたと信じていましたが、実のところ、文師と韓夫人との間の不一致こそが、この分裂をもたらすことを可能にした核心要因だったのです。

韓夫人は常にすべてのメンバーから慕われ愛されてきた人物であり、韓夫人自身、文師と完全に一つとなることが自らの摂理的役割の中心であることをよく理解していました。文師の核心的使命は、真の家庭理想を定着させ、真の父母と真の家庭の先例を立てることでした。真の家庭は天の基準と秩序を立てなければならず、そのためには家族一人ひとりが各自の責任を果たすことが求められます。

家庭において妻・母の役割はとても大切であり、特に家庭の伝統を確立し、ある世代から次の世代への移行を円滑に行う上では極めて重要にならざるを得ません。文師は、「真の母」の最も重要な責任について、何よりもすべての子女たちを父と一つとなるように導き、その上で自身が後継者として任命した第4アダムと一つにすることだと明らかにしていました。しかし、悲しいかな、韓夫人はこの核心的な責任を果たせず、実の息子である文会長に対し積極的に対抗する動きを始めるようになるのです。

韓夫人と3人の子女たちの動機は、時間の経過と共に彼ら自身の行動によって明らかになっていきました。偽りの霊媒師に惑わされた韓夫人は、自らを文師よりも優れた、その時代の真のメシヤ的人物と見なすようになりました。結果、文師の後継計画を支持するのではなく、むしろ積極的にそれを覆し始めました。

無論、彼女の見解にかかわらず、父系の伝統と統一運動の教えのもとでは、彼女が第3アダムである文師に取って代わることも、正当に任命された後継者を合法的に置き換えることもできません。したがって、まずは真の後継者の正統性をなくすために、彼女は統一運動のメンバーの目から見て文会長の代わりと見えるような「身代わり」を必要としました。彼女は、密かな野心を抱く末息子のショーン(亨進)の中に、これを共に進める意思があることを探知します。彼であれば自分の意のままになると誤信した韓夫人は、彼を兄に変わる後継者として押し立てながら、統一運動のさまざまな機関を舞台裏から操作するようになるのです。

文師が92歳で逝去されると、韓夫人は公に自身が「独生女」(OBDOnly Begotten Daughter)であると宣言し、[xiv] 統一運動全般に対して直接指揮をとるようになりました。韓夫人は自分自身を神的存在として思い描き、予てより「神の妻」であると主張していました。[xv][xvi] 韓夫人の新たな「独生女神学」は、文師の基本的な教えである統一原理、並びに聖書の伝統的教えとは全くの対極にあります。これらの聖典と伝統によればメシヤは男性であり、アダム型人物にほかなりません。そこには「独生女」という概念もなければ、自らを「神の妻」と呼ぶことは非原理的であることを越え、冒涜と言わざるを得ません。文師は統一原理を通して、メシヤをも含め人間が神であることは決してないことを示すために、相当の分量をその説明に割いています。

韓夫人の発言はまた、2012年、逝去する前に文師が韓国において開催された世界平和女性連合の行事で、1万名を超える群衆の前で次のように述べた理由を理解するのにも役立つでしょう。「オモニ(母)はいません、文総裁の妻の位置もありません。自分勝手にやっている、自分勝手に!」[xvii]

ショーン(亨進)と他の兄弟たちの動機は、単純な野心と貪欲にありました。彼らの嫉妬心は、創世記に記されたヨセフとその兄弟たちの話に似ています。その誤った動機は、実の兄を文師の後継者として認め、兄が主導する摂理活動を助けることを妨げました。彼らは真の家庭の一員であることを自覚しながらも、それに伴う摂理的責任について理解しようとする霊的成熟度を欠いていました。彼らは自分たちが統一運動の資産を受け取る資格があるものと信じ、その「分け前」を得ることを願ったのです。

彼らはまた、文師の後継者として振る舞うショーンの非正統的な主張を、母が継続的に支持してくれるものと安易に考えていました。彼らは文師が亡くなって間もなく、韓夫人が自分たちを退けたことを知ったとき初めて、自分たちがとんでもない計算違いをしていたことに気付いたのです。[xviii]

指導者たちの計略は、真の家庭、特に第4アダムの権限を剥奪することであり、それは依然、変わっていません。彼らが繰り返し示してきたように、彼らは自分たち自身が霊的権威を持つにふさわしい者であると誤認しています。彼らの見解は、教皇と司祭階級がイエスの後に最高権威となったカトリック教会のモデルに基づいています。[xix] 言うまでもなく、そのモデルは文師が統一運動において意図したものとは、遥かに懸け離れていました。文師は常に、血統とレガシーの重要性を強調してきたからです。

文会長を追放するために彼らがとった手段は単純なものでした。統一運動内の主要な組織を法的に統制し、それらを用いて文会長に対する法的、並びにその他の攻撃を加えるというものでした。運動内の主要組織の支配権を得るために、彼らは老衰していく文師の健康状態までも利用し得る手段としました。

人生最後の数年間、文師は体調悪化のため、韓国清平にある統一運動の巨大宮殿施設に文字通り隔離されました。そこで彼らは、韓夫人に忠実なスタッフと警備員を用い、文師との接触を完全に統制したのです。彼らはまた、常にすべてのメンバーが参加できる機会であった文師主管の「訓読会」(毎朝のみ言訓読集会)への参加資格を制限しました。これらの集会は本来、常にビデオ録画され、世界中のメンバーがアクセスできるようになっていましたが、これも一切の公式的通知や説明なく、突如中断されたのです。

しかし、文師の訓読会に直接参加した人々(主に韓国のメンバー)は、これらの集会が突然、検閲の対象とされたやましい理由をよく分かっていました。彼らは数年間、文師が韓夫人や他の指導者に対し、文師の指示に従わず、自分勝手に行っていると激しく叱りつけるのを見聞きしていたからです。さらに、文師はしばしば文会長の活動を称賛し、また彼の名を呼ばれたりもしました。

文師が自らの強い意見を表明することが多くなることで、韓国メンバーの間には波紋が広がっていきました。言うまでもなく、これは文会長を潰そうとする勢力の計画に逆行するものでした。それゆえに、彼らは文師に対する規制を強化し、訓読会関連の資料公開を全面的に中断しました。さらに、韓夫人はすでに印刷され、普及された文師のみ言選集を回収。文会長に関する肯定的な発言や、韓夫人や指導グループに対する否定的な言及は取り除かれました。[xx]

徒党を組んだ指導者グループ(以下、教権グループ)は、時には文師に偽りの報告をし、文師からの承認獲得を試み、自らの行動を隠蔽することもありました。それは言わば、高齢者虐待にあたるものでした。文師は数年間、将来は自分もすべての人と同じく、高齢ゆえに「子どものようになるだろう」と、公然と語っていました。そのため、文師は78歳を迎えた年に文会長を後継者として公認し、統一運動に対する全権を与え、事あるごとに運動全体に対して自身の願いをはっきりさせてきたのです。

2005年から2012年にかけ、文会長を潰そうとする試みは次の通りでした。1)高齢の文師を、文会長や彼に忠実な人々から隔離し、孤立させること、2)主要組織の合法的奪取を組織的に行うこと、3)自らの非正統的な体制への支持を固めながら文会長に対する世界的な人格殺人キャンペーンを実行すること[xxi]、 そして最後に、4)文会長とその支持者に対する訴訟を起こすこと、です。そのような行動は、統一運動の歴史に前例のないものであり、文師と文会長が共に堅持する原理的で敬虔なリーダーシップとは、まったく相反するものでした。

このように高度に組織化され練り上げられた策略は、文師が最も衰弱していった期間、晩年の時期に、極めて卑劣な方法で実行されました。文会長は入院中の父親との面会を妨げられ、2012年には実の父親の葬儀(聖和式)に出席することさえも物理的に阻まれました。[xxii][xxiii][xxiv] 卑劣な侮辱の極みとして、文会長と彼の家族の名は、公開された文家の遺族名簿からも削除されたのです![xxv] 今日まで続くこうした攻撃は、天の視点からみれば犯罪にほかならず、文師や文会長、そして全統一運動に対する背信行為にほかなりません。

主要な統一運動の各団体に対する強奪

教権グループと3兄弟、韓夫人は共に結託し、3兄弟は統一運動傘下にある各主要組織の指導者の座に据えられました。要職に就任した彼らが文師の直系であったことから、一般のメンバーの目には霊的権威を持った立場として映りました。彼らはその後、段階的に統一運動の資産に対する法的統制権を掌握し始めるのです。

文師は常に文顯進会長を、摂理機関全体に対して霊的監督を行う後継者と見ていました。文師はその監督権を毀損し回避しようとする者たちの試みに気付かないまま、一見無害に思える彼らの人事措置の要請に同意しました。韓夫人はこれらの要請を主導的に推し進めた立場であり、そうしたポジションが与えられなければ兄弟たちが家庭を離れてしまうかもしれないといった遠回しな脅迫さえするほどでした。[xxvi] 家庭の平和を維持するため、文師はしぶしぶこれに同意しつつも、内心、文会長が包括的な権限を持ち続けることを常に期待していました。

ジャスティン(文國進)には、韓国財団や日本協会を含むビジネス分野を総括する位置が与えられます。事業家としての彼の技量は、メンバーたちには誇張して伝えられました。[xxvii] その位置から彼は指導者グループに資金を調達し、組織間の資金の流れを統制。標的に据えた組織に対しては財政監査を行うことができました。

ショーン(文亨進)は韓国の地域教会から、いち早く韓国教会の全国的責任者に昇進します。一見すると、彼は牧師として並外れた成果を上げているように見えました。彼が担当した韓国の小さな地域教会は、飛躍的な成長を遂げていました。しかしよく調べてみると、周辺の教会は本部の指示によって閉鎖、統合され、所属していたメンバーはショーンの教会の信徒になることを余儀なくされていたのです。こうした現状は、地元のメンバーだけが知っていました。しかし、全世界のメンバーのほとんどは、こうしたことがショーンを偉大な宗教指導者として取り繕うために行われていた事実を知りません。やがて韓夫人はショーンの任命を画策し、まずは家庭連合の世界会長、続いてUPFの理事長の位置に就けることに成功しました。

さらに彼らは、長い間、統一運動から離れていた野心的なタティアナ(文仁進)を仲間に加え、彼女を北米における統一運動の「総会長(CEO)」という架空の位置に押し立てました。彼女は間髪を入れずに米国協会の理事陣を自分の息のかかった者たちにすげ替えます。ところが後日、文会長が父の意向通りに再度、理事陣を原状復帰しようとするのを受け、指導部は文会長が父の意向を無視して理事陣を交替させたと、歪曲した報告をしたのです。[xxviii]

教権グループは、これらの重要な地位を掌握さえすれば、ショーン、ジャスティン、タティアナに複合的影響力が与えられ、文会長を阻止してメンバーを統制し、必要な時が来れば法的攻勢に出ることもできると過信していました。

2009年、ショーンは家庭連合の名称を公式的に「統一教」と変更します。[xxix] すでに述べたように、ショーンと教権グループは教会全般にわたって権力と統制を維持し得る、カトリック教会のような中央集権型の体制を取り入れようとしていました。彼は、「統一教」が統一運動の完成段階を意味すると主張し、運動内の平和組織を愚弄しました。[xxx]

これらすべては、文師が協会創設50周年の記念式で明確にされた説明と完全に矛盾するものでした。

文師は、今や教会時代は終わり、家庭中心の時代、さらにはそれが自然に世界平和実現へと拡がる時代が始まったと説明していました。ショーンの階層的な教会モデルへの執着や、摂理の方向性に対する無知は、彼が自ら率いた組織(FFWPU)の性質や趣旨についてすら、まったく理解できていなかったことを露呈しています。

統一運動の多くのメンバーは、ショーンが家庭連合の世界本部と「世界宣教本部」を通して作成し、発表した人為的な指示事項を、何の疑いもなく受け入れるばかりでした。[xxxi] この間、韓夫人と教権グループは、事あるごとに、教会の階層構造における中心性と、彼らへの「絶対服従」とを、メンバーの核心的責任として強調し続けました。

彼らは自らの意図を貫徹するための手段として、「真の父母」の名を繰り返し利用しながら、独善的で真実性のない指示を押し付けたり、本部印のない公文を発布したりしました。多くのメンバーは、これらの指示に従うことで、天のみ旨に合致し得ると信じていましたが、実際には、彼らは文師の願いに反した韓夫人の私的な意図を推し進めるための犠牲となってきたのです。教権グループは後に、訴訟のための法的根拠として使用する不正な記録まで作り出しています。

指導者たちによって形成された、ひどく欠損した文化は、メンバーを操作し分裂を深めるのに功を奏しました。韓夫人は、後の法的訴訟の場で、文師も夫人も共にショーンの指示内容を承認したことはなく、ショーンが後継者であったこともないと証言しました。[xxxii] しかし、そう述べたからと言って、韓夫人がショーンの後継者任命を画策した張本人であるという歴史的な事実から逃れることはできません。しかも、あまりにもっともらしくそれを遂行したため、ショーンは本気で自らを後継者と信じるに至ったのです。

ショーン(亨進)とジャスティン(國進)は、彼自身が起こした行動から見る時、虚飾を施した日和見主義者であり、何らかの明確な原則に基づいて行動していないことは明らかです。ショーンは母親の神格化を自ら主導して母親に追従しつつ、[xxxiii] 教権グループが願う教会中心体制を支持することで、双方に調子を合わせようとしました。[xxxiv] これらの行動はいずれも非原理的であり、統一運動の摂理的変化と真っ向から対立するものです。ところがショーンはその後、リーダーの座を追われるや否や、自らの神学的立場を完全に覆しました。彼は教会指導部と韓夫人とをサタン・悪魔と非難しながら、[xxxv] 独自の「聖殿教会(Sanctuary Church:サンクチュアリ教会)[2]」を設立し、その「天一国憲法」を制定しながら、自らを「2代王」と宣言しました。(「1代王」も存在したことがないというのに!) 原理的な根拠を持たないサンクチュアリ教会は、明らかに個人を崇拝する団体にほかなりません。

同様に、ジャスティン(國進)は母親によって、すべての要職から退けられた途端、明言していた自らの神学的立場を逆転させました。[xxxvi] サンクチュアリ教会の「憲法」は、彼とその子孫たちが彼らの教会の財政を永久に管理するように定めています。

2009年から2012年までは、統一運動の歴史上、類を見ない暗黒時代であり、凶悪な行為が宗教の名の下に断行された期間でした。特にこれが文師の生涯における最後の3年間であったことを思う時、この行為がどれほど凄惨なものであったかしれません。

タティアナ、ショーン、およびジャスティンは各々、彼ら自身の法的地位が確保されるや否や、自らが管理する組織を通じて、文会長の人格殺害(人身攻撃)のための世界的なキャンペーンを組織しました。彼らは自分たちの真の意図を露呈し、文会長を「父親が自らを後継から外したことを恨み、兄弟たちへの嫉妬心から『統一教会』の資産を盗み、統一運動を見捨てた人物」として描く、架空の物語をでっち上げ文会長を激しく非難しました。

ショーンとジャスティンはこれらの攻撃を韓国、日本およびその他の国々で主導しました。タティアナは、米国で中傷キャンペーンを実行し、さらに中南米などの地域へも影響を及ぼしました。「嘘も百回言えば真実になる」というレーニンの言葉は、文会長に対する嘘と偽りの情報がひっきりなしに流され続けた当時の統一運動の状況を、いみじくも言い表しています。文会長に対するこうした誹謗キャンペーンは数年にわたって続き、その虚偽に満ちたストーリーは、後に彼らが引き起こした数々の訴訟の根拠として利用されました。

さらに言語道断な事実は、ショーンとジャスティンが権力の座にあった期間、ジョージ・オーウェル式[3] の共産主義的手法を用いて、統一運動内の牧師や青年指導者たちに対し、彼らが率いる新体制への忠誠を誓うビデオ撮影を強要したことです​​。これに参加することを拒んだ場合、解雇、またはそれ以上の最悪の結果が待ち構えていました。[xxxvii] 統一運動には本来、除名という制度は存在しませんでした。それは、最悪の罪人ですら、最終的には赦しと救いの道(普遍的救済)があるという原理的な信念ゆえです。しかし、教権グループはこの時、統一運動史上初めて、「除名」というポリシーを公式化し、断行したのです。これはひとえに、教権側に同調することを拒み、文会長攻撃への同参を拒否した人々を標的とした方針でした。[xxxviii][xxxix][xl][xli] また、統一運動で最も神聖にして価値ある秘蹟である祝福結婚が政治的武器として用いられたのも、この時が初めてでした。メンバーは、文会長が主導する行事にただ参加しただけで、参加者とその子どもたちが祝福を受ける権利を剥奪されるだろうと通告されたのです。

ここに挙げたものは、ほんの一部に過ぎませんが、彼らはこうした方法で、高齢の文師に精神的苦痛を与え、彼らの悪意に満ちた計略を促進するための宣言文に署名するよう、文師に働きかけました。悪名高い午前4時の「寝室ビデオ」に現れているように、彼らのそうした卑劣な行為は、舞台裏で常に繰り返されてきました。[xlii] 教権グループは、弱っていく文師を執拗なまでに刺激しながら文会長の正統性を奪い、公に十字架につけるための陳述書まで、文師に作成するように迫ったのです。

彼ら教権グループはすべての神聖なものを冒涜し、背信しました。そして、文師の原理と価値とその教えとを完全に歪曲した新たなカルト教団を作り出したのです。世界中の何十万人もの誠実なメンバーによって支持された文師と文会長は、血と汗と涙を注いで、神の理想、生来の基本的権利、そして個人の責任を守る摂理運動を構築しました。彼らは、真理と義と善の源である神に繋げることによって人類を解放するという高貴な大義のために尽力し、自らの人生を捧げてきました。今、これらすべてが踏みにじられています。統一運動の主要組織は強奪(ハイジャック)され、韓夫人を新しい神として崇拝する、新たな「独生女」教団へと変異したのです。[xliii]

となった法廷

何としてでも文会長を打ち砕こうとする執念から、教権グループは最後の手段として訴訟にしがみつくようになりました。文師と文会長のリーダーシップの下では、内部紛争を解決するために世俗の裁判所や弁護士の力を借りるなどということは、想像だにしていなかったことでした。しかし、根本から正道を逸脱した教権グループは、訴訟を武器として用いることに何の道徳的呵責も持っていませんでした。その結果、彼らの支配下では訴訟が当たり前となったのです。

統一運動は、自分たちに対して実際に罪を犯した相手に対してすら、こうしたレベルの辛辣な攻撃を浴びせかけるような例はありませんでした。まして、文師の実の息子であり後継者に対してこれを断行するなど、まったくあり得ないことでした。

2009年以降、教権グループは文会長と彼を支持する者たちを相手に、3大陸、計30件以上の訴訟を起こしました。これらの訴訟には、名分も根拠もなかったため、1件を除き、すべてが即座に却下されるか、文会長側に有利な判決が下されました。

皮肉なことに、最後に残された1件が、「世界平和統一家庭連合その他対 文顯進その他」の訴訟であり、現在信教の自由の表象となってきた米国の首都で進行しています。訴訟にはワシントンタイムズ社の親組織であり、理事会運営による非営利団体であるUCIが関連しています。原告側は文亨進(家庭連合、天宙平和連合)、文國進(日本統一協会)、および2人の教権指導者(金孝律、朱東文)が関わっています。

統一運動の殆どのメンバーは、UCIが統一運動の機関の中で最も優良な機関であり、収益性の高い「重要資産」であると誤解してきました。UCIはその間、指導者たちの不適切な組織管理のため、大きな財政上の問題を抱えていました。実際、文師は長年にわたって文会長に対し、この窮地に立った組織を引き受けて救済するように求めていました。文会長がUCIの理事長に任命されるまで、UCI30年間、教権指導者である朴普熙と朱東文の監督のもと、およそ30億ドルを越える不適切な資金管理を行っていました。2006年、文会長が止むを得ずUCIの手綱をとったとき、彼は年間平均1億ドルの損失を出している組織を受け継いだのです。[xliv]

にもかかわらず、教権グループは、補助金に依存し、多くの問題を抱えたUCIの理事長が文会長だという点をもって、その評判を貶めようとしました。 2009年、ジャスティンはUCIを破産に追い込むことを目的として、その主要な寄付者であった日本協会からUCIへの補助金の一切を打ち切りました。ところが、ここで予期せぬことが起こります。革新的なリーダーシップと創造的な再構築により、文会長は崩壊の危機に瀕していた組織をすんでのところで回復させたのです。[xlv]

International Outrage Over the DC Superior Courts Ruling

2011年、教権グループは本格的な訴訟に乗り出しました。UCIを訴える正当な根拠がないにもかかわらず、彼らは裁判所の命令による敵対的買収を狙って、文会長とUCI理事会を訴えたのです。訴訟を提起した際、彼らは家庭連合、並びにUPF会長であるショーンの組織的位置が総括的な権限を有し、彼は文師の「後継者」であるとする架空の物語を裏付ける文書を作成しました。[xlvi] ところが呆れたことに、韓夫人と原告側はその後、宣誓証言で、最終的にショーンが後継者であったことはなかったとし、彼の原理の理解は中学生レベルであるという証言まで行いました。 [xlvii] 「UCI訴訟」は現在9年目に入り、既に数億ドルが浪費されています。

UCI訴訟が提起された直後から、教権グループの崩壊が始まりました。 2012年、最初にタティアナが不倫問題により、米国統一運動の「CEO」の位置から降ろされました。また上述した通り、韓夫人は、文師が2012年に逝去した後、もはや必要でなくなったショーンとジャスティンを離任式もなく追放しました。彼らはそれ以降急変し、韓夫人を公に非難し、[xlviii] 今では訴訟を提起するにまで至っています。 [xlix] 一方、韓夫人はFFWPUOBD独生女)カルトへと急変させ、自身の神格化を推進しています。[l][li]

私たちの現在地

UCI訴訟は元より、2013年に宗教問題不審理の原則に基づき、アニタ・ジョシ・へリング判事によって棄却されたものでした。それは、この一件が宗教団体内の霊的権威とポリシーに関わる宗教的紛争であることを正しく認識したためです。[lii] しかし、原告側の控訴によりこの訴訟は上級裁判所に回され、首都ワシントンD.C.の納税者と統一運動のメンバーに莫大な費用を負担させながら、依然進行中です。

この訴訟での最も法外な判決は、ローラ・コーデロ判事によって下された2018年の略式判決でした。そこでは、訴訟の複雑さと米国憲法修正第一条の精神が無視されたまま、公判に委ねられるべき問題に対し判決が下されています。事実上、彼女の下した判決は、分裂の真っ只中にある統一運動の後継問題、神学やポリシーに関する判断を、司法の命令によって下したことを意味しています。[liii]

彼女は、後継問題が宗教的論争であることを示す、遥かに膨大な量の証拠資料を無視し、原告側の虚偽のストーリーを全面的に採用することで、宗教的リーダーシップ(正統性)を決定づけるような判決を下しました。また彼女は、UCI理事会が定款改定に用いた「宗教的用語」を解釈・評価することで、神学的問題にも踏み込んだ判決をしています。(裁判所に、宗教的用語を解釈または定義する権利はありません)。さらには、家庭連合が統一運動において「上位の権威」をもつという彼らの誤った主張に正当性を与えることで、統一運動の組織構造をも決定するような判決を下しています。こうしたすべての「決定」は、米国憲法修正第1条と真っ向から対立するものです。 コーデロ判事の誤った判決は、統一運動全体、及び米国内の他のすべての宗教団体にも深刻な影響を及ぼすものなのです。

こうした宗教紛争が続くなか、教権指導者や韓夫人および実の兄弟たちによる無節操な攻撃にもかかわらず、文会長は彼らが自らの過去の過ちを悟り、以前のように真の家庭として再び一つになることを願い、沈黙を守ってきました。文会長はまた、数回にわたって書簡を送り、母親との対話を試み、文師および文会長と一つとなって、「真のエバ」及び「真の母」としての期待に応じてもらえるように勧めました。

しかし、韓夫人と教権指導者らは彼に対する攻撃を激化させるばかりであり、文会長のそうした書簡さえも訴訟に利用し、彼を「女性を蔑視する人物」として追い立てようとするほどでした。(その論法によれば、イエスを初め、ほとんどの宗教指導者も「女性蔑視」とされるでしょう!)。さらに深刻なことは、自らを神格化するという韓夫人の非原理的な振る舞いはいまだ続き、それにより文師の業績は毀損され、文会長の重大な摂理活動に大きな支障をきたしているということです。このような状況下にあって、文会長は対応を余儀なくされています。

文会長は常に文師の教えとレガシー、そして統一運動の使命に対して忠実でした。事実、彼は1998年の就任以来、一貫して真なる統一運動を率いてきた人物です。母親に率いられた教権グループからの総攻撃にもかかわらず、摂理的活動を推進するための膨大な世界的基盤を築いてきました。

特に祖国、韓国の統一のための重大な使命を巡って、文会長は何十年も前に文師によって開始された偉業を前進させ、途方もない躍進を遂げ、韓民族の長年の悲願実現に向けて、次世代の指導者たちを鼓舞しています。彼の先駆的な著書「コリアンドリーム」は、地元韓国だけでなく、南北統一の取り組みを支援すべき他の重要な国々においても、指導層と社会全体に大きな影響を与えています。彼のリーダーシップは、朝鮮半島分断の歴史上、最大規模の市民連盟である「アクション・フォー・コリア・ユナイテッド」(AKU、「統一を実践する人々」)などの草の根運動の火付け役となりました。[liv] 多くの人々はそのような連盟の結成は不可能だと考えていましたが、現在AKUは北朝鮮と韓国のみならず、全世界の在外コリアンを含む何百万人もの韓国人に影響を与えています。

私は46年以上にわたって統一運動のメンバーであり、文師の家族全員を知っています。過去12年以上にわたる分裂による苦しみを経験し、それを大きな悲劇として見つめている世界中のメンバーの声を代弁し得ると思っています。私は、真摯で真実な人物である文顯進(プレストン)会長に浴びせかけられてきた嘘と中傷をこの目で、この耳で見聞きしてきました。私を含めて文師を知るすべての人にとって、現在、その夫人が実の息子を屈服させ、彼に与えられた霊的権威を必死に崩すために、訴訟という世俗的手段をも用いる姿を見つめることは、余りにも耐えがたい状況です。

私はコーデロ判事の判決を深く憂慮します。この訴訟の中心にある宗教紛争と分裂の膨大な証拠を無視しているからです。それは、信教の自由に対する米国憲法修正第1条の保護を完全に無視し、すべての宗教コミュニティと信者の権利を脅かす危険な先例となるものです。被告が新興宗教運動ではなく主流の信仰的伝統からの被告であった場合、コーデロ判事は大急ぎで略式判決を下し、被告を罰することを決定したでしょうか?

彼女の下した判決は、信者のコミュニティ全体の誠実な信仰と信念を排斥し、それに異議を唱えるものです。信じる権利は、創造主から与えられた不可侵の権利であり、ワシントン D.C.の裁判所はこれについて深刻な取り違えをしています。裁判所は宗教的論争に介入する立場はないはずです。

現在UCI訴訟の判事を務めるジェニファー・アンダーソン判事は、今からでも正しいことを行う力を持っています。彼女は米国憲法修正第1条に基づいて訴訟を適切に棄却することができます。それは、訴訟が宗教的教義とポリシーの問題に関わっていることが明らかになった場合、訴訟を棄却するというワシントンD.C.控訴裁判所のガイダンスとも一致しています。[lv]

UCI訴訟は、コロンビア特別区およびそれ以外の宗教団体、宗教の自由の擁護者、および非営利団体に対する司法の過干渉について警告する機会となります。世界中の何十万人ものメンバーと私は、アンダーソン判事が自分の良心および、上級裁判所の判事として憲法を守ると誓約したその誓いに従い、本訴訟を棄却することを心から祈っています。

Religious leaders fight to protect first amendment freedom of worship.

終わりに

統一運動の分裂が実に大きな悲劇であり、結束を瓦解させ、メンバーの時間と労力を消耗させ、貴重な財源の途方もない浪費をもたらしていることは、誰もが同意できることでしょう。 2008年までに達成された世界的な平和への機運も失われました。最も悲劇的なことは、人類一家族によってもたらされる愛と信頼の経験が失われたことです。しかし、神様が生きて働かれる限り、失われたものを再び取り戻すことができるという希望を私たちは依然として持つことができます。

この分裂を乗り越えて再び一つになるには、それがどのようにして起こったかについての真実を知らなければなりません。そしてその真実を武器として、私たちは本来行くべき道へと立ち返り、神から与えられた目的地へと進んでゆくことができます。

不完全な記述ではありますが、この文章には、大多数の統一運動のメンバーたちが知らなかった詳細が記されています。果たした役割がどうであれ、言及した全ての人に神の愛が向けられていることを思う時、こうした事実を知ることは深い痛みが伴うことでしょう。しかし、私の抱く希望と確信は、それでも、神の愛と真理がこの分裂を越えた向こう側に、私たちを連れて行ってくれる、ということです。

 

2020年9月20日
ハワード・セルフ (Howard C. Self)

 


 

[1] 統一運動の神学(翻訳者の注釈)

[2] 世界平和統一聖殿教会(翻訳者の注釈)

[3] 全体主義の方式を意味(翻訳者の注釈)

 

[i] Book by Sun Myung Moon, As a Peace-loving Global Citizen, Gimm-Young Publishers, 2009, pp.121-125

[ii] Publication by Massimo Introvigne, From the Unification Church to the Unification Movement, 1994-1999: Five Years of Dramatic Changes, Signature Books, 1999

[iii] Book by Sun Myung Moon, As a Peace-loving Global Citizen, Gimm-Young Publishers, 2009, pp.121-125

[iv] Report from Hyun Jin Moon to True Parents, “Report to Parents”, March 23, 2008

[v] Speech by Sun Myung Moon published in Today’s World Magazine (July 1998 Issue, Vol. 19, No. 7), “Vice Presidential Inauguration of Mr. Hyun Jin Moon”, July 19, 1998, pp.4-7

[vi] Notes from a leaders meeting held at New Yorker Hotel Grand Ballroom, USA, “Leaders Meeting”, January 30, 2001

[vii] Book by Hyun Jin Moon, Realizing God’s Dream, 2011, p.97

[viii] Book by Chung Hwan Kwak, Truth Shall Prevail: Understanding the Conflict within the Unification Movement and its Resolution, Aju Media, 2019, pp.151-152

[ix] Speech by Sun Myung Moon published in Today’s World Magazine (April/May 2004 Issue, Vol. 25, No. 3), “Fifty Years of the Providential Path to the Realization of God’s Fatherland the Peace Kingdom”, April 30, 2004, pp.4-7

[x] Unification News (Vol. 26, No. 3), “Hyun Jin Nim Proclaims Message of Peace: 12 City USA Speaking Tour”, March 2007

[xi] Compilation of speeches from the Global Peace Festival 2008 World Tour, One Family Under God, Global Peace Festival Foundation, 2009

[xii] Presentation given by Joshua Cotter, “The Current Situation: Chung Hwan Kwak and Hyun Jin Nim’s Positions in Light of the Principle”, 2010

[xiii] Public letter by Kiyoshi Seino, “Letter to the Leadership of the Unification Church in Japan about Hyun Jin Moon”, June 21, 2012

[xiv] Speech by Hak Ja Han, “A Time to Be United, Inside and Out”, Cheon Jung Gung, Chung Pyung, Korea, July 1, 2014

[xv] Speech by Hyung Jin Moon, “The Beginning of the third year of Cheon-gi”, National Leaders World Assembly, Korea, January 21, 2012

[xvi] Article by Yeon-ah Lee published in Today’s World Magazine (June 2011 Issue, Vol. 32, No. 5), “Mother of Heaven and Earth: My Mother”, pp.12-15

[xvii] YouTube video of Sun Myung Moon’s speech, “The Abel Women UN Inauguration Assembly”, Cheongshim Peace World Center, Korea, July 16, 2012

[xviii] Public letter by Hyung Jin Moon and Yeon-ah Lee Moon, “Letter to Unification Church USA”, February 24, 2013

[xix] Family Federation for World Peace and Unification International, Official Memo (Ref. No. FFWPUI 2014-12), “Cheon Il Guk Constitution and Cheon Il Guk Supreme Council”, February 28, 2014

[xx] Book by Jongsuk Kim, Split of the Unification Movement, Aunae Publishers, 2017, pp.233-247

[xxi] Vimeo video of Joshua Cotter’s lecture in Chicago, IL, USA, “The Current Situation: Chung Hwan Kwak and Hyun Jin Nim’s Positions in Light of the Principle”, November 4, 2010

[xxii] Article in United Press International, “Moon Wake Shows Family Tension”, September 11, 2012

[xxiii] Public letter by Kyung Hyo Kim, “Nobody Can Interrupt Hyun Jin Moon’s Visit to True Father’s Seong Hwa”, September 10, 2012

[xxiv] Photo of a human blockade formed to keep Hyun Jin Moon from participating in his father’s funeral, September 12, 2012

[xxv] Publicly available account of Rev. Dr. Sun Myung Moon’s Universal Seonghwa Ceremony held on September 15, 2012. The page includes the list of bereaved family members. Hyun Jin Moon’s entire family had been omitted.

[xxvi] Book by Chung Hwan Kwak, Truth Shall Prevail: Understanding the Conflict within the Unification Movement and its Resolution, Aju Media, 2019, pp.177-179

[xxvii] “Hyung Jin Moon, Kook Jin Moon, and In Jin Moon Sharing with Leaders at the World National Leaders Assembly”, February 19, 2010

[xxviii] Powerpoint released by Blessed Central Families for Truth and Transparency, “Facts Behind the Change of Leaders of the Unification Church in the United States and Hyun Jin Moon’s Removal from his Public Positions”, 2010

[xxix] Unification Church World Mission Headquarters, Official Memo (Ref. No. WMH 2013-17), “Renaming the Unification Church World Mission Headquarters and Guidelines for Using the Emblem of the Family Federation for World Peace and Unification”, January 18, 2013

[xxx] Transcript of Hyung Jin Moon’s speech in Washington, D.C., USA during a 4-City tour, September 4, 2009

[xxxi] Testimony by Hyung Jin Moon published in Today’s World Magazine (September 2011 Issue, Vol. 32, No. 6), “Learning at Father’s Side”, p.2 and p.23

[xxxii] US District Court for the Southern District of New York, “Moon v. Moon et al”, Case No. 7:2019cv01705, February 22, 2019

[xxxiii] Speech by Hyung Jin Moon at the National Leaders World Assembly in Korea, “The Beginning of the Third Year of Cheon-gi”, January 21, 2012

[xxxiv] Article by Yeon-ah Lee published in Today’s World Magazine (June 2011 Issue, Vol. 32, No. 5), “Mother of Heaven and Earth: My Mother”, pp.12-15

[xxxv] YouTube video of a Question & Answer Session with Hyung Jin Moon & Kook Jin Moon on October 31, 2016

[xxxvi] Article by Hong Keun Song for Shin Dong-A Magazine (May 2013 Issue), “Crisis in the Unification Church after Rev. Moon’s Death”

[xxxvii] YouTube video of Man-Hwe Jeong’s testimony, “I Was Assaulted for Defending My Own Principles”, August 18, 2020

[xxxviii] Family Federation for World Peace and Unification International, Official Memo (Ref. No. FFWPUI 2010-20), “Announcement of Dismissal of Regional Vice-President in South America Region”, June 3, 2010

[xxxix] Family Federation for World Peace and Unification International, Official Memo (Ref. No. FFWPUI 2009-57), “Announcement of Changes of National Leaders in Africa Region”, December 28, 2009

[xl] Family Federation for World Peace and Unification International, Official Memo (Ref. No. FFWPUI 2010-02), “Announcement of Appointment of National Leader in Philippines, Asia Region”, January 7, 2010

[xli] Family Federation for World Peace and Unification International, Official Memo (Ref. No. FFWPUI 2009-53), “Announcement of Personnel Change of YFWP International President”, December 2, 2009

[xlii] Vimeo video of June 5, 2010 Proclamation with English Subtitles

[xliii] Vimeo video entitled “Hak Ja Han’s Deceptive Events Targeting Christians”, October 26, 2018

[xliv] Superior Court of the District of Columbia, “Defendant UCI’s Answer, Affirmative Defenses, and Counterclaim of Defendant Hyun Jin (Preston) Moon”, Case No. 2011 CA 003721 B, August 24, 2012

[xlv] Public statement of facts issued by UCI regarding the situation of The Washington Times, July 16, 2010

[xlvi] Superior Court of the District of Columbia, “Family Federation For World Peace And Unification International, et al v. Hyun Jin Moon et al”, Case No. 2011 CA 003721 B, May 11, 2011

[xlvii] YouTube video of Hak Ja Han’s deposition held on July 13, 2018, “Hak Ja Han Deposition Day 1 Part 3”

[xlviii] YouTube video of a sermon by Hyung Jin Moon at Sanctuary Church in Newfoundland, Pennsylvania, “The Mystery of Babylon”, September 13, 2015

[xlix] US District Court for the Southern District of New York, “Moon v. Moon et al”, Case No. 7:2019cv01705, February 22, 2019

[l] Vimeo video of the unveiling ceremony of new structures and sculptures in Chung Pyung, Korea on September 28, 2020.

[li] Image of one sculpture recently erected in Chung Pyung, Korea, September 28, 2020

[lii] Superior Court of the District of Columbia, “Memorandum Opinion”, Case No. 2011 CA 003721 B, December 19, 2013

[liii] Superior Court of the District of Columbia, “Defendant’s Finding of Fact and Conclusions of Law”, Case No. 2011 CA 003721 B, November 25, 2019

[liv] Website report of a Yonhap News YSpecial Program with Hyun Jin Moon, “Dr. Hyun Jin P. Moon Describes a Vision for a Unified Korea in Yonhap News Interview”, August 2019

[lv] Superior Court of the District of Columbia, “Defendant’s Finding of Fact and Conclusions of Law”, Case No. 2011 CA 003721 B, November 25, 2019